研究内容

実験室進化(指向性進化)

生物システムは,その環境変化に応じて柔軟に内部状態を変化させ,その環境に適応する能力を持ちます.例えば,大腸菌のような微生物を一定のストレス環境下で長期間培養すると,ゆるやかに増殖速度が上昇するといった適応進化の現象が見いだされます.これは,遺伝子ネットワークの応答反応のような表現型の変化と,ゲノム配列の変化,つまり遺伝子型の変化の双方が絡み合った現象である可能性が高いのですが,その詳細は理解されていません.こうした生物システムの柔軟な環境適応を解析することは,ストレス耐性株などの育種などに有用であり,生物を用いた物質生産過程における生産性向上においても重要な意味を持ちます.


実験室進化による大腸菌のエタノール耐性能の付与

論文:Transcriptome analysis of parallel-evolved Escherichia coli strains under ethanol stress

Takaaki Horinouchi, Kuniyasu Tamaoka, Chikara Furusawa, Naoaki Ono, Shingo Suzuki, Takashi Hirasawa, Tetsuya Yomo, Hiroshi Shimizu

BMC Genomics, 11: 579 (2010)

大腸菌をエタノールストレス環境下で長期間植え継ぎ培養を行い,その過程における表現型と遺伝子型の網羅的解析を行いました.また,同一環境での複数の植え継ぎ培養を独立に行うことにより,その過程のおいて共通に生じる変化を抽出することを試みました.結果として,およそ2500時間の培養により,独立に培養した全ての系列で比増殖速度が1.5倍程度上昇することが見いだされています.また,遺伝子発現解析の結果から,それらの系列において共通に生じた表現型変化を抽出することができました.さらに,ゲノム配列変化の情報を取得することによって,表現型と遺伝子型の変化の対応を議論しました.


エタノール存在下 (5%) での継代培養による大腸菌の比増殖速度の変化



実験室進化によるシアノバクテリアの強光耐性能の付与

論文:Mutations in hik26 and slr1916 lead to high-light stress tolerance in Synechocystis sp. PCC6803

Katsunori Yoshikawa, Kenichi Ogawa, Yoshihiro Toya, Seiji Akimoto , Fumio Matsuda, Hiroshi Shimizu

Communications Biology, 4: 343 (2021)

シアノバクテリアは,光合成によって光を利用してエネルギーを作り出し,大気中の二酸化炭素から燃料やポリマー素材など様々な有用物質を作り出すことができる魅力的な微生物です.しかし,真夏の太陽光のような強すぎる光は細胞にダメージを与え,細胞が生育できなくなるという課題がありました.本研究では,指向性進化の手法を利用することで,徐々に光を強くしながら長期間に渡って細胞を植え継ぐことで,超強光ストレス下でも生育可能な進化株を取得しました(図).
この進化株は,超強光下でも生育できるだけでなく,弱光環境でも野生株と変わらない生育を示しており,従来とは異なる仕組みによる強光耐性能力を獲得したと考えられました.
そこで,この進化株についてゲノム変異解析や転写解析,光化学系の解析を行うことで,超強光条件下で生育できる理由を明らかにし,強光ストレス下で生育するための鍵となる因子(2つの遺伝子の変異)を明らかにしました.これにより,シアノバクテリアの有用物質生産菌に同定した遺伝子変異を導入することで,超強光下における有用物質生産の高効率化への応用が期待されます.


シアノバクテリアの野生株と進化株の様々な光環境における生育

実験室進化による共培養における中間代謝物質の取り込み速度の強化

論文:Acceleration of target production in co-culture by enhancing intermediate consumption through adaptive laboratory evolution

Ryutaro Kawai, Yoshihiro Toya, Kenta Miyoshi, Manami Murakami, Teppei Niide, Takaaki Horinouchi, Tomoya Maeda, Atsushi Shibai, Chikara Furusawa, Hiroshi Shimizu

Biotechnology and Bioengineering, 119(3): 936-945 (2022)

微生物を利用した有用物質生産において,多数の外来酵素の発現は代謝負荷となります.そこで代謝経路を分割して複数種類の細胞に分担させ,共培養することで酵素発現負荷が軽減できます.このような人工的な共培養では,細胞間の中間代謝物の受け渡しの効率化が重要となります.
本研究では,中間代謝物 (ここではメバロン酸) の取り込みと細胞増殖がカップリングするように代謝設計を行い,指向性進化によってメバロン酸の取り込み能力を向上させる方法を開発しました.得られたメバロン酸の取り込み能力が向上した進化株を利用して,グルコースからメバロン酸を介したイソプレノールの生産に応用しました.


指向性進化によるメバロン酸取り込み速度の強化