研究内容
タンパク質工学
代謝を利用した物質生産を行う際に触媒となる酵素の機能改善や必要に応じて特異性を変換することは重要な課題です.私たちは,機械学習やタンパク質モデリングを用いたアプローチで酵素機能の改変や最適化を実施し,より合理的に酵素を改変する方法論の開発を目指しています.従来,タンパク質機能の改善には,対象酵素のどの位置のアミノ酸残基が機能発現に寄与しているかを構造やアミノ酸残基の性質から予測し,その部位に変異を導入した変異体群を作製,選抜するといった方法が試みられてきました.しかし,膨大なアミノ酸配列の組み合わせの中から実験的に評価できる変異体数が限られていることや酵素の基質・補酵素特異性に関わるアミノ酸残基は基質認識部位だけでなく酵素の構造全体に分散していると考えらえれることなどから,重要な残基の同定は非常に困難な作業です.私たちは計算科学を援用することにより膨大な組み合わせの中から効率的に望みの機能を有するタンパク質を獲得する手法を開発し,その有用性を実証すること,代謝改良に応用することを目指しています.
機械学習による酵素の補酵素特異性決定残基の推定と変換
Sou Sugiki, Teppei Niide, Yoshihiro Toya, Hiroshi Shimizu
ACS Synthetic Biology, 11 (12): 3973–3985 (2022)
リンゴ酸酵素は微生物の中枢代謝でハブ化合物であるピルビン酸の供給,補酵素の変換などを担う重要な酵素であるため,多くの生物がこの酵素を有しています.リンゴ酸酵素にはNAD+依存型とNADP+依存型があり,その特異性は目的とする物質の生産の鍵ともなります.補酵素特異性を色々な酵素で自在に変換できるようになれば代謝のシステムデザインの自由度は格段に向上すると考えられます.
生物が進化の中で保存してきた構造とそれを形作る特定の位置のアミノ酸残基は,酵素機能に関わる情報を持っています.我々は生物種を越えて自然界に広く分布している酵素に対し,その酵素を機能ごとに分類し機械学習に適用することで,機能発現に関わるアミノ酸残基を推定する手法を開発しました.この手法はアミノ酸残基の位置毎に変異候補のアミノ酸を提案できるため,タンパク質工学に適用できます.
リンゴ酸酵素はNAD+またはNADP+を水素受容体としてリンゴ酸をピルビン酸に変換する酵素で,補酵素選択性に従いNAD+依存型とNADP+依存型のどちらかに分類できます.私たちはデータベース上に収録されているリンゴ酸酵素を収集し,そのアミノ酸配列と補酵素選択性の情報を入力データとして機械学習を実施し,どのアミノ酸残基が補酵素選択性に大きく寄与するかを推定しました.次に,この寄与度に基づきリンゴ酸酵素の補酵素選択性の変換をデザインすることが可能かを調べました.大腸菌由来NADP+依存型リンゴ酸酵素において補酵素選択性の寄与度ランキングに基づき,10種の変異体を作製しました.これら10種の変異体は,ランキング1位から10位まで,1位から20位まで,・・・・,1位から100位までの変異が導入されたものです.その結果,変異数の増加に伴い補酵素特異性がNADP+からNAD+へと変化し,ランキング30位までの変異で完全にNAD+依存型となりました.さらに比較モデルによる構造解析により,変異位置は基質ポケット領域だけでなく,酵素全体に点在することが明らかとなり,酵素の基質・補酵素選択性は基質ポケット外の領域も重要であることを示唆する結果を得ました.人工知能が補酵素選択性に関わるアミノ酸残基を捉えタンパク質工学へ応用可能であることが示めされました.